GuitarJourney 第四章の始まり

 2011-09-25
これまたごっつ更新が滞ってました


これまでになくバタバタでしたので┏(゚ロ゚;)┛



突然ですが…





9月末日をもってプライムトーンを退社する事になりました。

と言うか


ギター工房 ToneGarage GuitarFactory を始動します!


これまでプライムトーンで私を介してお取引頂いた皆様、お世話になりました取引業者様、


本当にお世話になりましたm(_ _)m


そして、

今後のプライムトーンも宜しくお願いしますm(_ _)m


プライムトーンとは業務提携関係と言うかこれまで通りプライムトーンのリペア作業は私(ToneGarage)が承りますのでご安心下さい!

プライムトーンの店舗内では作業範囲に限度があり、長年温めてきたアイデアを形にしたり、大掛かりなリペアをお受け出来なかったりしましたが今後は  全てやります





思えば今から9年前に某大手ギターメーカーを退社してから先輩であり同僚の2人と私の3人、気心知れた仲間でスタートしたプライムトーンも当初は関大前の住宅街の中(笑)にある小さなお店でした。
場所が分かり難くお客様がよく住宅街と言う名のジャングルで遭難 されていた事を今でも昨日の事の様に思い出します。


あっ!と言う間の9年間でしたが今や江坂にてそこそこの大きさの楽器店に成長する事が出来ました。


そして今度は私が更に成長すべく、新しい一歩を踏み出します。





そんなこんなで色々考えたり悩んだりの毎日ですが、おそらく初めて自分の人生を振り返ってみる事が出来ました。
個人的には非常に貴重、かつ新鮮な体験でしたので今回は皆様にはあまり興味が無いであろうと思われる私のこれまでのギター人生、

カッコつけてGuitarJourneyってな感じで少し書いてみます。





GuitarJourney 第一章


中坊の頃よりHR/HMに目覚め、所謂LAメタル全盛期を多感な時期に経験した私は高校でギターを手にします。
バンド活動云々よりは単純にギターに触れるだけで満足な時期でした。
高校卒業後、浪人と言う名の「自由時間」を過ごし、日中は友人の家でセッション?し、夜は自宅でギター三昧の日々…サイコー♪でしたね(笑)
社会的には無職のくせにメサブギーのアンプやESPのギターを手に入れたりと「パルサー」や「プラネット」、「スーパーコンビ」には多大なる恩恵を受けておりました。そのため生活はそこそこ規則的でした(爆)

周りが将来を見据えて進学ルートを模索する中で
「このままではいずれ普通のサラリーマンになるのか?」
       ↓
「そりゃ性格的に向いてないだろ!」
ってな結論に至り、
両親を説得(不思議と反対はされなかった。さすがに両親だけあって息子の事はよく分かってたのでしょうね)して某ギターエンジニアスクール2年制に入学。
私的には短いながらも所謂「学生生活」を堪能?した時期でした。
変な学校でしたけど(笑)
この頃がギターテクニック(弾く方の)的に第一次黄金期だったと思います(笑)
またプライムトーン代表のM枝と知り合ったのもこの頃です。




GuitarJourney 第二章


先のギターエンジニアスクール卒業後、特に就職活動といった苦労をせずに某大手ギターメーカーへ入社。
肩書きは「企画開発統括部 ギターリペア」でした。

その手の専門学校を卒業したと言う事は

「ただ箸の持ち方を習っただけの程度」

である事に気付くまで時間は掛かりませんでした。

「壁にあたる」とは正にこの事で入社してからしばらくはナット交換でさえ満足のいく出来栄えにならず、1本の修理に1日掛かる事も当たり前でした。
それも会社という組織の中でだからこそ許されたのかもしれません。

プライムトーンのもう一人のリペアであるTちゃんはこの会社の1年先輩でしたが彼ならではの「完全放任主義」により私のリペア技術の向上は回り道を余儀なくされます。
しかしながら彼のおかげで「自分で工夫して技術を習得する」術を身に付けました(笑)

そのメーカー勤務の後半はそのメーカーの売りであった「音が半永久的に延びる機能」の開発にも携わる事が出来、またその機能をギターに取り付ける改造業務に忙殺される事になります。
お陰様で電気知識やピックアップの知識が豊富になりました。
この頃がギターテクニック(弾く方の)的に第二次黄金期だったと思います。以降衰退する一方です(涙)

また対工場への品質管理業務にも携わっていたので「大量生産の中での品質向上」が如何に難しいかを痛感します。
現在もそうですが「自分に甘く、他人には厳しい」ので工場側には相当疎まれていたと思います(笑)

そうこうしているうちにバンドブームを発端とした楽器業界バブルは緩やかな下降線を描き、やがて終焉を迎えます。
ごく普通に身近な同僚や先輩が社を去る姿を見ているうちに皆が「明日は我が身」を覚悟していました。

業務的に忙しかった最中に「依願退職者大募集大会」が開催され蓋を開けてみれば社員の7割が退職する異常事態に発展し、個人的に進退問題結論を先送りしていたものの今後の業務の増加と薄給のバランスを考え、当時すでにギターの生産拠点が大陸中心になりつつあり自社製品がギター好きには見るに堪えられないオモチャに成り下がっていく事は簡単に想像出来たので退社を決意しました。

当時はもう一つの趣味である釣り関係の知り合いの伝手で運送会社からの誘いも受けていたのでその高給にかなり魅かれましたが持病の腰痛の事も考えてペンディング。
今後は全くの白紙状態になります。
毎晩大阪湾港湾部にてシーバス釣りに勤しみ昼夜逆転のすばらしい日々を堪能しておりました♪


このギターメーカーで学んだ事は技術や知識は当然の事ながら

「趣味が仕事になるとはどういう事なのか」

でした。

在籍していたのは9年ちょっとでしたが間の一時期は仕事以外でギターを弾く事が全く無くなり毎日の自動車通勤時も音楽は聞かずに車載テレビばっかり見てました。
元々趣味であり憧れであった世界の中で「仕事」という現実に落胆してしまうと「仕事」への意欲を維持するのが如何に難しいかと言う事です。
阪神大震災の際には社員にも被災された方が居たので社会におけるギターをはじめとする趣味・嗜好品の存在意義について考えたりもしましたね。




GuitarJourney 第三章 PRIMETONE 2002年初夏


シーバスに没頭するもバチ抜けのベストシーズンは終わりを迎え、初夏の気配が漂い「そろそろシイラか?♪」
なんて能天気な毎日を過ごしていると元同僚であり先輩である2名より今後何かしらの起業を考えている旨の連絡が入る。
1名はベテラン営業マン通称「オヤジ」。1名は商品管理から経理までこなすツワモノM枝。
そしてリペアマンの私。

私以外の2名の戦闘力を考えれば何かしら面白い事が出来るには違いないので参加を決意。
前職は大手ギターメーカーとはいえ卸業者としての要素が強かったので当初は卸業者の開業を模索するも新品ギターや関連商品が市場で苦戦しているからこそ退職したわけで…
模索の結果前職の取引先の勧めもありヴィンテージと中古のギターショップ開業で合意。

とは言え前職では皆が薄給であり更に貯金なんざ出来るキャラでもなかったので当然資金などは無い。
当たり前ではあるがどんな形の会社を始めるにも資金は必要。

全員が各両親を説得のうえ何とか資金の一部を融通するもショップとして立ち上げるにはそれ相当の在庫が必要。
したがって新規開業融資を申し込む事に。
当時担保となり得る自己名義のマンションに住み、唯一の世帯主であったM枝が代表取締役に無理矢理決定(笑)
法人としての開業予定であったために融資申し込み以前に法人の立ち上げ=登記が必要となる。


ここで問題発生。

会社名=ショップ屋号をどうするのか?

3人それぞれが案を持ち寄り最終候補より第三者に選択してもらう事になる。

ちなみに私は真剣に考えた。
他の2人もしっかり考えているものだと思っていた。

しかしながら他の2人が提出した屋号案は

オヤジ=「ギターショップ SILVER STONE」 オヤジは従来F1好きである。おそらくはゴロから思いついたのであろうがかなり短絡的である。

M枝=「ギターショップ力石(りきいし)」 彼をよく知る常連様は分かるだろうが時に彼は突拍子の無いセンスを突如堂々と発揮する。それはこの先も変わらないだろう。

この時点で最終選考を依頼した第三者はややM枝寄りの特殊な感性の持ち主であった為に私は若干の危機感を覚えるも最終的には私の原案「PRIMETONE」で決定。
心より安堵する。

一歩間違えばプライムトーンはプライムトーンではなく「力石」だったかもしれないのである。
そうなれば今日を迎える事なく灰になっていたのかもしれない…

敢えて聞きますがこれをご覧の貴方は「ギターショップ りきいし」で高額な買い物する気になれますか?
電話掛けたら「はい!ギターショップりきいしです!!」ですよ…


そんなこんなで実際の店舗オープンまでかなりの時間を要してようやく「PrimeTone GUITAR TRADE」はスタートしました。
先にも書いた通り千里山=関大前で静寂に包まれた住宅街の一角で第三章は幕を開けました。

ちなみにオープン初日の来客は近所の小学生2~3人(笑)
帰り際に「また来ま~す」と最近のガキにも見習って欲しいぐらいの礼儀正しさでした。
「10年後にヒスコレ買いに来てねぇ~」なんて言いながら他には来客は無く電話も鳴らずに初日は しめやかに 終わりました。

他にも旧店舗でのエピソードは多数あります(笑)
今では良い思い出です。

当初よりの予定通り数年後には「オヤジ」が南堀江にヴィンテージ専門店を独立開業。今ではヴィンテージギター愛好家でその名を知らぬ人はいないでしょう。立派なお店ですよ!

オヤジが抜けた直後より普段リペアと入荷品のメンテナンスに追われていた私はすでにオーバーワークぎみでした。
そこで思い付いた、と言うか私の仕事を満足出来るレベルで任せられる「漢」が一人居る事を思い出します。

そう。「完全放任主義」のTちゃんです。

Tちゃんは妻帯者が居るにも関わらず前職の後は数年ニートで「ごうや」を育てたりとほぼご隠居状態でした(笑)
そんなTちゃんがバイト扱いでプライムトーンとオヤジの店を掛け持ちリペアする事で新体制プライムトーンが動き出します。
ほどなくしてTちゃんはプライムトーンの社員となり今日も「独特の空気感」で仕事をこなしています。

私が居なくなるこれからは接客も忙しくなる事でしょう!
リペアや在庫品メンテにも追われる事でしょう!!
パニくったM枝に振り回される事でしょう!!!

そう。はるか昔、入社してから放任された日々のリベンジを達成する事が出来るのです!



話しは戻って

そのうち旧店舗ではスペース的に展示出来るギターの本数に限界がありM枝は真剣に移転を考えはじめます。
ネットも駆使したうえで大阪市内を中心に店舗物件を探しますが市内はコンビニに毛が生えた程度でもかなりの高額な家賃です。
エリアを広げて再検討した結果、現在の江坂の店舗に決定しました。

大変なのはその先。

THE 引越し…重量のある小物展示ガラスケース以外は全て自分達で運びました。
M枝と「もしこの先引っ越す事があれば引っ越し業者に丸投げだな!」って話したのを覚えています。
(よもやその数年後に自分が更に大変な事を一人でするとは夢にも思ってみませんでしたが。 )

そして日々は過ぎプライムトーンはギタースクールを開講したりリペアをはじめオリジナル商品を展開するサブブランド、ToneGarage が活動し始めます。




プライムトーンでの9年間は自分の中では本当に大切で貴重な時間でした。

それまで経験の無かった接客業を通じてギター関連以外にも様々な事を学びました。

技術面でもヴィンテージをはじめあらゆるメーカーのギターに触れる事が出来、明らかに技術・知識ともに向上したと思います。

そして、何よりも 楽しかったです!!


店頭やお電話でお話し出来た皆様、お取引先の業者様の皆様、本当に感謝しております。

これからも最高のギターショップ、Primetoneと至高のギター工房、ToneGarageを宜しくお願いします!

最後にはなりましたがプライムトーン創業時に理解を示し、手を貸してくれた両親と
誰よりも良き理解者であり最高のパートナーである妻に感謝しております。

本当に有難う。そして私の新しい旅を見守って下さい。




2011年 11月 
出来れば早いうちに


ToneGarage はプライムトーンより独立し


GuitarJourney 第四章が始まります!





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長年の相棒、実験くんギターとPT入口







次回より新規店舗オープンまでToneGarage 設立奮闘記編とします!

すでに書きたいネタが溜まっております



9月末日までは不在になる事も多いですが店頭で皆様をお待ちしております。

10月からは新規店舗でのリペア作業が可能になるまでプライムトーンで作業しておりますのでリペアご希望のお客様はガンガンお越し下さい!





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